とうもろこしの鉄欠乏クロロシスに思う
とうもろこしの鉄欠乏クロロシスに思う
きれいな鉄欠乏クロロシスを水耕栽培のトウモロコシで再現できたのを東京大学農学生命科学科のポスドクの安彦友美さんに見せてもらったので、ここに紹介する。
最新葉が一番黄色く、これは葉脈も緑が消失して一枚の葉全部が真っ黄色である。この黄色はカロチンの色である。第2葉は葉脈間が激しく黄色になっている。葉脈自身の緑色はクロロフィルの色である。これを葉脈間クロロシスという。第3葉は弱い葉脈間クロロシスである。
これに2価鉄イオン(例えば鉄力あくあ)を加えると2日で最新葉から緑色が回復して、最後にはすべての葉が対照区の右のトウモロコシのように真緑になる。
以下に、このトウモロコシのクロロシスに関して、2001年に重要な発見が成されたことについて紹介したい。古くからトウモロコシの育種学者によって、この「葉脈間クロロシスを呈する自然の変異株」が何種類か見つかっておりyellow stripe(黄色い縞)の変異株シリーズとして、ys1, ys2, ys3 等という名前で呼ばれていた。しかし長い間その表現型(黄色い縞)の意味が理解できないままであった。植物栄養研究者からすればそれは鉄の欠乏症状であることが、直ちに分かるはずのものであったが、育種学者には、栄養の過剰や欠乏症という概念があまり無いので、それが鉄欠乏症だとは長い間わからなかった。
その後、ysシリーズのうちのys1という変異株の原因遺伝子の全塩基配列がアメリカの育種学者(Walker E.L.女史)によって解読された。配列を詳細に検討すると、どうやらこの遺伝子は膜貫通領域があるので膜輸送蛋白であると予想された。それでもまだWalker女史には、葉脈間クロロシスとys1遺伝子の生理学的な関係が全く想像できなかったのである。すなわちその原因遺伝子がどういうメカニズムで葉脈間クロロシスを引き起こすのかという理由が特定されなかった。
一方、ドイツのHohennheim大学の植物栄養学研究所のMarshner教授の研究室の大学院生であったNicolas von Wiren君は小生が東京大学助教授在籍中に小生の研究室に留学してきて鉄欠乏で特異的に発現誘発される遺伝子のクローニングの基礎研究を行った。そのとき、大学と下宿(稲毛の千葉大学の寮)の帰り道には彼とは同じ電車で徹底的にデイスカッションを行った。小生は津田沼に住んでいたから同じ車両で帰ったのである。
日本に来る前からの、彼の博士論文のテーマはトウモロコシのys1の欠損機能を特定することであった。この時点ではys1がムギネ酸分泌量が少ないために鉄を吸収できずにクロロシスになるのか、根の細胞膜に鉄・ムギネ酸の吸収能がないために鉄を吸収できないでクロロシスになるのか決めかねていたのである。電車の中の議論では「トウモロコシのys1は鉄・ムギネ酸のトランスポーターの欠損株ではないか」と彼に強く主張したのである。Hohenheim大学に戻って、この変異株ys1の根の細胞が「鉄・ムギネ酸」を吸収できない形質を有することを、小生の研究室から供与した純品のムギネ酸を用いて、無菌栽培で見事に証明したのである。(小生との共著論文)
von Wiren N, Mori S, Maschner H, Romheld V: Iron inefficiency in maize
mutant ys1 (Zea mays L. cv Yellow-Stripe) is caused by a defect in uptake of
iron phytosiderophores. Plant Physiol 106,71-77(1994)
実は小生の研究室でもイネ科植物には「ムギネ酸・鉄」を特異的に吸収する膜輸送蛋白(トランスポーター)があるのではないかと考えて三橋秀一君が博士論文のテーマとして修士課程からずっと続けて研究していたのだが、研究室での植物の分子生物学的手法の未熟さ故に実験は困難を極めていた。またそもそも植物で「金属・キレート」を取り込むトランスポーターがあると考えることさえ、当時の植物学のレベルでは大胆すぎる発想であったからである。
Mihashi S, Mori S: Characterization of mugineic-acid-Fe transporter in
Fe-deficient barley roots using the multi-compartment transport box method.
Biology of Metals 2,146- 154(1989)
Mihashi S, Mori S, Nishizawa N: Enhancement of ferric-mugineic acid
uptake by iron deficient barley roots in the presence of excess free mugineic
acid in the medium. Plant and Soil 130, 135-141(1991)
実際、種々の阻害剤を用いた三橋君の実験から「<「鉄・ムギネ酸」トランスポーター>の存在を予見した」内容をオーストラリアの西オーストラリア大学で開かれたInternational Plant Nutrition Colloquium で小生が発表したときには、司会をしていたKornel大学のDr. L Kochianからは、「植物にそんなのがあったら革命的だ!」と、聴衆の面前で嘲笑されたものである。そのあと彼を捕まえて、小生は「それならこの遺伝子を単離してみせる」と豪語したのだが、「そんなこと出来るわけないさ」、と彼には一笑に付された。
先述のWalker女史はys1遺伝子を解読した後、このvon Wiren君らの論文に気がついて、自分が解読したys1遺伝子が鉄・ムギネ酸トランスポーターの遺伝子である可能性があることに確信を持ったのである。そこで早速彼女はフランスのモンペリエの植物分子生物学研究者であるDr.Briat J Fと組んで、この遺伝子を導入した酵母でその機能がFe(III)-ムギネ酸のトランスポーターであることをついに証明したのである。
Curie, C., Panaviene, Z., Loulergue, C., Dellaporta, S.L., Briat, J.F.and Walker, E.L. (2001) Maize yellow stripe1 encodes a membrane protein directly involved in Fe(III) uptake. Nature, 409, 346–349.
この成果の口頭発表は、アメリカのHuston で開かれたInternatinal Symposium on Iron Nutrition and Interactions in Plants の学会でWalker女史によってなされた。その時の司会者が小生であった。非常に悔しい思いをしたのだが「I have been looking for iron-mugineic acid transporter for about a decade, but now I am surrendered by Dr Walker」と聴衆の前で敗戦を認めたのであった。セッションの後でみなさんに「Dr Moriは大変潔い!」と変なほめられ方をしたもんだが。。。。
その後このトランスポーターの遺伝子は、ysL(ys1-Like)遺伝子という呼び名で世界中で研究が発展しており、東大の西澤直子教授の研究グループによりイネ科植物では金属・ムギネ酸類ばかりでなく、金属・コチアナミンのトランスポーターでもあることが明らかにされている。双子葉植物では金属・ニコチアナミンのトランスポーターであることが明らかになっている。つまりすべての植物が持っている「金属を体内で動かすために必要なトランスポーター」であることが明らかにされている。