WINEP

-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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大村智流「桶の理論」と植物栄養学の接点

Date: 2015-11-04 (Wed)

「大村智 2億人を病魔から守った化学者  馬場錬成」 中央公論新社
を本屋で買って読んだ。読んでわかったことは大村先生のノーベル賞授賞後の、マスコミ関連記事は90%以上がこの本の内容を土台としているということである。それだけに、この本は独壇場の大村智関連の情報源と言えるだろう。

著者の馬場錬成氏は 読売新聞の社会部、科学部、解説委員を経験しており、科学技術とその政策に強い。「ノーベル賞の100年」や「知財立国が危ない」など多数の著書をモノしている。文体もわかりやすく練れている。

この本では大村先生の「栄誉」の年表で、からくも発表に間に合ったという感じで
平成27年10月 ノーベル生理学・医学賞 と書き込んでいる。
この本は2015年10月25日 5版発行 となっているので、ノーベル賞のことはこの年譜に一行しか記されていない。あとがきやまえがきにも書かれていない。つまり全記事が授賞前のものである。しかし「大村先生はノーベル賞授賞候補の本命だ」と、この本の何カ所かで大胆に予言しており真に驚かされた。予測が的中して、著者の馬場錬成氏も大いに感激していることと察した。今年、日本のマスコミはどこも大村氏をノーベル賞候補として取り上げていなかったと思う。

大村氏がノーベル賞をもらったという観点からこの本を読了後あらためて良く点検してみると、各所に仕掛けがあることに気がついた。この本には43枚の白黒写真が掲載されているが、その中には
留学先であるウエスレーヤン大学 マックス・テイシュラー教授や、共同研究者であったメルク社 ウイリアム・キャンベル部長(今回の大村氏との共同授賞者)などと一緒の写真以外に

エリアス・コーリー教授 1990ノーベル化学賞
コンラッド・ブロック教授 1963ノーベル生理学医学賞
シドニー・ブレナー 2002年ノーベル生理学医学賞
バリー・シャープレス 2001年 ノーベル化学賞

と一緒に大村氏が写っている人物写真が刷り含まれている。ノーベル賞はすでにノーベル賞をもらった人物が推薦人に必ずなっているということからすると、大村先生は着々と、ノーベル賞授賞のための人脈を築いてきたと言うことができるだろう。「研究を経営」する手腕で多くの実績を発揮された大村先生がノーベル賞をねらわなかったと言うことはあり得ないと思ったことである。
 
以下に、一つのセンテンスをこの本から引用したい。

「::::また大村は、人材育成をするにはまず自分を磨かなければ達成できないと考えるようになる。自分を磨くとは、リーダーシップ、柔軟性、アイデア、情報収集力、協調性、応用術など多角的な能力を一定のレベル以上に保持することである。そのどれが欠けてもうまくいかない。大村はその状況を大村流「桶の理論」として説明することがある。新しい物質を発見する桶がある。その桶には新しい物質という液体が入っている。桶を形成する板がいつも高い水準にあって中の液体「新しい物質」が漏れることが無いように、さまざまなカテゴリーで自分を磨くという比喩であった。」

ここのセンテンスは大村先生がどこかで小生が専門である「植物栄養学」を教科書で学んだことを意味している。下図のドベネックの樽は19世紀の大化学者であるユスツス・フォン・リービッヒの「最小養分律」という植物栄養学の原理を示すものである。この図の「水」を大村先生は「新しい物質の液体」と置き換え、桶の板をリーダーシップ、柔軟性、アイデア、情報収集力、協調性、応用術など多角的な能力とたとえたものである。
  
もう一つのセンテンスを引用したい。

「:::大村が好きな言葉にルイ・パウツールの「Chance favors the prepared mind
(チャンスは準備が整っているところにやってくる)」という名言がある。何があるかわからないけれど絶えず準備しておくことが大事であり、その気にならないとだめだということだ。チャンスは何もしないでぼんやりと過ごしていたら逃げて行ってしまう。」

この英語の文句を読んで、先日小生がwinepブログ
(ノーベル医学生理学賞・大村智先生の語録と、雑誌「化学と生物」と「農芸化学会誌」に掲載された日本語の総説)
に、大村先生のノーベル賞授賞テレビインタビューでは口早に発音されたので聞きとれなかった文句があると指摘した、その文句がこの「Chance favors the prepared mind」であることがあらためてわかった。小生流に翻訳すれば、目的を持った通常科学をしっかりやっている所にこそチャンスが訪れる」ということであろう。発見は偶然なのだが、必然でもあるのだ。

(森敏)

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大村氏の留学時代の精悍な顔

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リービッヒの最小養分律