WINEP

-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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レンコンに泥を塗る理由についての考察

Date: 2016-09-24 (Sat)

佐賀大学での日本土壌肥料学会に参加するのに、佐賀空港へ着陸時に、かなり飛行機が旋回したので、上空から見ても、佐賀県が、イネ、大豆、レンコンの主要産地であることが見て取れた。

学会最終日の翌日のエキスカーションで、佐賀県農業を見学した。レンコン畑を訪れ試験場の方と地元の農家の方から説明を受けた。バスには茨城県と愛媛大学にレンコン研究者も参加していた。

レンコン畑にはジャンボタニシが異常繁殖して、まったく駆除できないで状況であること、これが初期生育に大きな障害要因であること、外来種のミドリガメが繁殖してハスの根元から茎から食い散らかすので被害が広がっていること、有機農業をしてもあまり収入増に結びついていない、とのことなどが紹介された。

ちなみに佐賀県のレンコンの作付面積は337ヘクタールで全国順位は3位(全国は3960ヘクタール)で、最近は一時低下した作付面積が再び上昇気味であるとのこと。

小生はなぜかレンコンが大好きなので、話は非常に面白かった。東京の上野不忍の池でのハスは単なる花の観賞用としてしか見ていなかったので、あらためてレンコンで飯を食っている農家の苦労がしのばれた。
   
それにしても、店頭でのレンコンで、いつも気になることがある。それはレンコンが真っ白で清潔すぎるものがあることである。きっと漂白剤が入っているに違いないといつも思っている。ところが現場での話によると、レンコンは水を吹き付けて泥を取り除きながら引き抜くのだが、通常は直後にすぐに泥を塗りたくるのだそうである。そうしないとレンコン表面の鉄が酸化して赤さびが発生し、店頭での印象が悪く商品価値が落ちるんだとか。
  
この泥を塗ることに関しては、消費者が調理の時に台所で泥を洗い流すと下水管が詰まるマンションなどでは嫌がられるので、泥付きレンコンは不利な点もある様である。「泥を洗ってすぐにビニールで減圧密封して空気を遮断すればいいのではないか?」と質問したら、その場合は確かに長期保存に耐えられるが、輸入物の中国産と差別化出来なくて、価格的に国産佐賀レンコンのメリットがなくなるとのことであった。

泥付で酸化が進まないのはなぜなのか考えてみた。これは単に物理的に泥の膜が空気のレンコン表面への拡散を妨げていると現場では考えているようだが、小生はそれもあるかもしれないがそれ以外に違った考え方もあるのではないかと現場で思った。通常レンコンは50センチ以上の深さのヘドロの中で育っている。それはほぼ嫌気的な還元条件下である。なので、レンコンの周囲の鉄は可溶性の2価鉄であるはずである。これはレンコンを掘り上げた時は水に溶けているので、水流で洗い流される。しかし、レンコンの表面から完全に洗い流されるわけではなく表層にある薄い細胞壁には2価鉄イオンがくっついている。それが空気に触れると酸化されて不溶態三価の鉄であるFe(OH)3となってゲル化し瞬く間に沈殿して褐色化するのである。これが消費者にとって印象が悪いので、現場で再び泥を塗る。そうすると、泥のなかの「鉄還元細菌」によってまたこの不溶態の三価の鉄が徐々に還元されて、褐色が徐々に脱色されてしまう。あるいは2価鉄のままの状態を維持できていることになる。そういうこともあるのではないだろうか?
   
これに対して、ごぼうの場合は店頭でもほとんど土付きであることを消費者は理解している。ごぼうの場合は水流だけではうまく土を取ることができないので、ほとんど表層をぴーらーなどでえぐって取り除くことになる。そうするとただちに表面が黒変化する。これはポリフェノール合成酵素の働きによって酸素が低分子にくっついて黒色の高分子が合成されるからである。だから泥付にする理由がレンコンの場合と少し理由が異なるのではないだろうか。

根菜類の生産→店頭販売→購入→調理に至る過程でどういう変化が起こっているのかに関して、生産者や流通業者は習慣的に、伝統的に、最適解を適用しているのだが、その間の農産物の生化学的な質的変化に関して、必ずしも完全に解明しているとは限らないように思う。
 
技術解が得られればそれ以上メカニズムを追及する必要はないのが現場であるが、大学の研究者はそこから問題を抽出して、原理的な法則性を見出すべきかと常日頃から思っている。