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-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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鉄欠乏条件下におけるオオムギの光合成の適正化に関わる複数の生理的機構と因子

Date: 2022-08-10 (Wed)

以下の論文もISINIPの講演要旨からである。著者の樋口恭子氏によれば、投稿論文がたらい回しされて、けっこう嫌がらせを受けたとのことである。小生も経験したよくある話ではあるが、樋口さんは一時けっこう落ち込んでいた。
  
 
鉄欠乏条件下におけるオオムギの光合成の適正化に関わる複数の生理的機構と因子

齋藤彰宏1、久野浩2、大山卓爾1、樋口恭子1
1東京農業大学農学部農芸化学科
2 岡山大学 情報処理研究機構
Eメール : a3saito@nodai.ac.jp
 
鉄(Fe)欠乏植物は、鉄を含む光化学系T(PSI)を十分に組み立てることができず、光エネルギー利用異常を引き起こす。我々は、鉄欠乏が光化学系を光酸化ストレスから保護する非光化学消光 non-photochemical quenching (NPQ) を誘導することをオオムギで報告した。鉄欠乏時の恒常的な NPQ 上昇には、HvLhcb1 の持続的なリン酸化が必要である。しかし、リン酸化された HvLhcb1 タンパク質が鉄欠乏大麦の NPQ 誘発にどのように関与するのか、その分子機構はまだ解明されていない。
最近、我々は BN-PAGE 分析を用いて、鉄欠乏性オオムギのストロマチラコイド画分に複数の PSI および PSII サブユニットとリン酸化 HvLhcb1 からなるメガコンプレックスを同定した。鉄欠乏により増加したリン酸化 Lhcb1 は、このメガコンプレックスを形成し、PSI 周辺の過剰な励起状態を緩和して、エネルギースピルオーバーと呼ばれる機構により NPQ を増加させる役割を担っているのではないかと推測した。この仮説を支持するものとして、我々は HvLhcb1.12 遺伝子を持つイネにおいて、鉄欠乏時のクロロシスの緩和と NPQ の増加を観察し、その相対量が鉄欠乏時にオオムギの葉で増加することを明らかにし た。
また、鉄欠乏時に誘導される NPQ(オオムギ種で保存された機構)と並行して、いくつかの鉄欠乏 耐性オオムギ品種では、さらに光合成鉄利用効率(PIUE)を高める性質が誘導されることを報告し た。PIUE は、光合成中の鉄の経済性を示す信頼性の高い指標として開発された[1]。PIUE と PSII 下流の電子輸送系との間には強い関連が見られ、この PIUE に関連した耐性機構には、PSI とシトクロム b6f の低 Fe 状態への機能適応が不可欠であることが示唆されている[1]。
鉄欠乏耐性品種の一つ「Sarab-1(SRB1)」は、鉄欠乏によりPIUEが有意に増加することがわかった。59Feを用いた新しいライブオートラジオグラフィーシステムにより、鉄欠乏性SRB1は他のオオムギ品種と比較して鉄吸収率が低いことが示され[2]、鉄獲得能力はSRB1の鉄欠乏耐性の理由ではないことが示された。2つの光化学系の機能を解析する装置であるDual-PAMによる解析の結果、SRB1は鉄欠乏条件下でP700の光励起レベルを低く保つことで、PSIの光阻害を防いでいることが明らかになった。SRB1の光防御機構を担う遺伝子を同定するために、SRB1とPIUE増加能力を持たない鉄欠乏感受性品種 "武蔵野麦(MSS)"を交配してF2集団を作製した。鉄欠乏時のPIUE変化の遺伝的変異はF2個体で有意に大きく、この個体群は今後のQTL解析による寄与遺伝子の同定に有用であることが示唆された。

参考文献
[1] 齋藤ら、2021年、Plants、10(2), 234
[2] 樋口ら、2022年、Plants、11(6)、817号